大学の途中で志を立ててイギリスに渡

子どもを大切にする人々はありません。

日本語に訳すと個性になってしまうと思うんですけれど、そう離れた解釈ではないと思いますが、アイデンティティとは、やはりその人の価値観だと私は思います。
だからもっと言えば、こういうことがしたいとか、こういうことがしたくないとか、こういうことは絶対しなければならないとか、こういうことは絶対してはいけないとか、そういうものの分野が非常にはっきりしていることをもって個性豊かだというんだと思います。ですから個性とは価値観だと私は考えているんです。
考え方の中に何となしにボーダーがぼやけていて、しかもそれが人の話によって常にグラグラしている人が日本人には多くいます。私はいいと思ってたけど、いいのかなとか、それいいと思ってたけど、どうもなんかちょっと悪いのかなとか、こういうふうにそのボーダーが明確でない人は、やはり個性がないと思います。
教育だけでなく

ですから私は、これからの世の中、個性として、いい価値観を持ってるとか、悪い価値観を持ってるとか、それは非常に相対的なものだからそう簡単に決められないけれど、個性があるということは必要なことだと思います。あの人はこういう考え方を持った人なんだ。それがいいか悪いかを判断するのは個人である。私が判断したら、それは嫌だとか変だとか言うかもしれないけど、他の人が判断したらそれはいいと言うかもしれない。しかしいずれにせよ、あの人の考え方は常にこれだという人間が、私は必要だと思います。
だからあの人はええ人でつせというのは、平均的で個性があまりないためにそう言われているだけで、だから私は、ええ人というのは、決して褒め言葉ではないと思ってます

自分を過小評価しすぎる日本人

マリナーズのイチローとか佐々木とか、いま大リーグで活躍してる人たちは、国際社会で活躍しているせいか、ある意味で好き嫌いというか、生き方がはっきりしてます。

  • 母親はひたすらサクリファイス息子
  • 育てたかったのです。
  • 母にイビられたものである。

子どもを児童相談所の責任で預かってもらい

メッツの新庄でもそれははっきりしてます。「別に年俸が安くなっても構わん。僕はとにかく大リーグで野球をやるんだ。別にお金なんてどうでもいい」と。それはもう非常に価値観、目的意識がはっきりしてます彼らの大活躍のおかげで、個性·価値観という言葉でなくても「新庄でもああ言って活躍できるんだから、俺は俺だと言ってもいいんだ」というような社会になってくる可能性があります。みんな頭である程度、こんなふうに思ってる人はたくさんいると思うんです。でもそんなこと言ったらまわりから馬鹿にされるとか、お前、何考えてんだとか、えてしてそういうことを言われます。それが嫌だからみんな抑えていたのですが、俺だってやればできるという人が、どんどん彼らに続いてこれから出てくるに違いありませんですからなにも野球界だけではなく、彼らを見て、自分もやれば世界の舞台で活躍できるんだと思うようになってきた。いままでの日本人は、自分を過小評価していた傾向が強かった。子会社を含めて私は世界中のいろんな会社にも行きますけど、日本人はほんとうに自分を過小評価しています向こうの人は10のことなら二〇、三0にまで言います。
母さんこそ真の意味
子供の目はどういうときに輝くのだろう
それで私たちはこいつ、えらいやっちゃなと思ってしまう。だから私は、初めは騙されるんです。ところが日本人は、えらいすいません。もう、会長のご期待に添えずに……って言うわけ。それを見て君、何か失敗でもしたのかとなってしまう。結局そこの総責任者に聞くと、「いやいや、日本人の方が倍ほどよくやってます。外国の人がギャーギャーえらそうに言ってるのは口だけで、パフォーマンスが大げさなだけです」。
だま日本人は、他流試合をしないから、自分をほんとうに評価するというか、そういう機会がないんじゃないかと思う。子どももいるでしょう。

子どもの心は安定

イチローでも新庄でも、大リーグに行って自分の力が通じるかどうか、ほんとうはおっかなびっくりだったと思います。日本で三番や四番を打っていたからといっても、大リーグに行ったら九番も打てないピッチャーよりも悪いかもしれないと思っていたかもしれませんでも大リーグへ行ってみて初めて、一五五キロの球でも打てるということが分かった。
球を打とうと思っても、ピッチングマシンでもそれだけのスピードが出ないんですから、経験の速度の球を、向こうへ行って初めて打ったということだ。
一五五キロの彼らだって未私は、一億二000万の日本人のほとんどが、自分の力の限界を知らずに死んでいくと思う。
両親も教師子どももいるでしょう。

子どももいるでしょう。

またそういう場に自分を持っていくということすら、あまりにもデンジャラスでやってない。私は、100パーセントとは言わないが、せめて九○パーセントぐらいは、その力を出してみてもらいたいと思う。
自動車だってそうでしょう。二五〇馬力、三00馬力の自動車に乗っていても、街の中は平均時速二os二五キロ。高速道路を一四0s_五0キロで走っても、制限速度を越えればパトカーが現れる。ほんとうは1100キロや二四○キロで走れるはずだけど、フルスロットルで走れるところがない。そんなのばっかりがウロウロしてるんです。
意図を持って自分の能力を発見していく方法というのがあったら、人間は変われると思います。その一つは、やっぱり好きなことをやること。好きなことなら能力の限界に相当近づけるんです。