子どもだけでなく大人の誰

高校への通学

また、ポインターとかセッターという猟犬がいますが、おじいさん·おばあさん、お父さん·お母さんの血統が良ければこれから産まれてくる子どもの能力や価値はだいたい決まってしまうわけです。競馬のサラブレッドも同様です。中には、一0匹に1匹とか110匹に1匹の割合で出来の悪いのも出てくるんだけど、まず確率的に言うと、九〇パーセントが血統で決まってしまうのです。
ところが人間の場合は、血統なんかは全然当てにならない。ノーベル賞もらった人の息子がみんな賢いかというと、平均以下だったり、ミスユニバースの娘がみんな綺麗かというと、たいしてそうでもなかったり、そんなことが多々ある。
このあいだ発表されたヒトゲノム計画の成果で、ショウジョウバエと人間の遺伝子の数は倍ぐらいしか違わないと知って、私はちょっとショックを受けたのです。

才能や素質をじゅうぶんに発揮しかし、遺伝子は組み合わせの問題ですから、人間の場合はあまりにも遺伝子の組み合わせが多すぎるので、基本の数としてはきっと、動物的に見たときにはそう差がないだけなのかもしれないけれど……。
美人とか不美人とか言ったって、右の目が1ミリ上がって左の目が1ミリ下がったら、これはもう変な顔鼻が数ミリ上向いただけで、もう変な顔になります。非常にデリケートだからなんでしょうけれども、人間性というものは、このような血統だけで決まるものではありません。

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育ててきた無農薬のお茶がありました。

母親として責任は持てませんからね。成長プロセスで出会うさまざまな経験によって、その人らしさはつくられていくのです。それ故に、教育が大切だと思うのです。しかも小さいときからの教育が特に大切なのです。

小学生からの一貫教育がベンチャー魂を育てる

いま、これまでよしとされていた教育によって問題なく育ってきたよい子を、社会や企業が望まなくなってきて、そしていままで「変わった奴やな。何かおかしなことばっかりやっとる。先生も手を焼いてるし、親も手を焼いてる」というような人間が、ぼつぼつベンチャーですごい仕事をやり始めているそのような人間が、だんだんマジョリティーになってきて、これまでの教育で育ってきた人間が、社会や企業の役に立たないということが認識されるまでは、いくら教育を変えろと口で言っても、私は世の中というのはなかなか変わらないと思うんです。

子どもたちの日常と思いあきらめている親そこで、私には教育改革をやるという意気込みがありまして、数年前から、いわゆるアントレプレナー教育と題して新しいカリキュラムをつくり、もっとベンチャー精神の旺盛な子どもを育てていきたいと考えていますただそこで、教育委員会との考え方が違うのは、私は小学校から一貫して私の考える教育をやらない限り、ベンチャー精神旺盛な子どもは育たないと言っているのですが、それにはいろんな問題があるらしい。教育委員会は、私の意見に反対してるわけではないけれど、教育改革のポイントを高校に置いているんです。高校もいわゆる工業高校とか、商業高校なんかを対象にやりたいという。卒業後すぐに社会に出るから、そういう人にベンチャー精神を植えつけようという考えなんです私はそれが意味のないことだとは言わないけれど、しかし、やはり小学校から一貫した教育じゃないといけないと思っている。

子供のほうが人のことを尊重する今

もちろん、最近の工業高校とか商業高校というのは、卒業してすぐ社会に出るとは限らず、大学に進学する子どもも多いんです。ですから、単なる進学校だけではないということで、それはすごく良いことだと思います専門的な教育を受けている内に、もっと勉強したいから大学へ進学したいと言う人もいるだろうし、いやぁ、この辺で実社会に出て働きたいと言う人もいるでしょう。これが普通高校になると、ある程度の専門的なものが身に付いてないから、すぐ実社会に出るにはちょっと問題がある。

母親はこどもの言葉

先生合わないよ。案外、工業高校とか商業高校のようなところで勉強しながら、その先の進路を大学へ行くか、社会へ出るかを決めていくというのは、その人の将来の人生を考えるのにいいんじゃないかと思ってるんですが、ベンチャー精神を身につけるのは、やはり小学校からの一貫した指導ぬきでは、なかなか実現しません。
たどですから、この議論をずーっと!ていくと、幸福論になる。親はほんとうに子どもの幸福を願っているのか。その幸福とは何ぞや、ということです。やはり有名大企業のサラリーマンになるか、高級官僚になるのがいいのかということです。


才能や素質をじゅうぶんに発揮 バレエ教室はプロの自覚が必要 練習を続けないと夢を実現できなかったことを知る