子どもの前で別々のことを言うのは問題です。

教育があまりに準備され用意された中

ですから社会システムだけの責任でなく、いままでの金融や法律といった社会を秩序づけている制度の他、人々の思いこみといったような、いろいろな問題点、それを直さないといけないのです。
日本では、減点評価が長い間の習慣でしたが、なかでも減点の一番きついのは事業に失敗するということです。一度失敗した人には、あの人が失敗して、私もひどい目に遭ったんだもうアイツは絶対あかんという-がフワーッと広がる。そうすると日本では、ちょっと立ち上がれないということになります。
私自身の人生を振り返って見ても、自分のやりたいことで一回も成功していない。もともと原子核物理の学者になりたかったが、できなかった。次に電子計算機もやったが、それも結局部品が不良品ばかリでダメ。その後、ダメ、ダメ、ダメで、最後にうまく分析機器というものにありついたというか、これを事業にし、今日まで続けている。
人生なんていうのは、やりたいことで成功した人なんて、ほとんどないと思っているんです。
やりたいと思っては壁にぶち当たり、さらにあっちこっちとぶつかりながら道を見つけていく。
子どもは自分のものだと考えています。

父親はおとなしく生マジメな人

一人の人間の心の中には、やりたいことというのがやっぱり一貫してあるんです。ずーっと、かったことのルーツはあるんです。
これをしかしやりたですから、第三者が見たら「君はなんや、学者になりたかったのが、こんなことやって全然違うやんか」って言われるけど、私のなりたかった学者というのも一つの仮の姿かもしれないわけです。
そこで大事なのは、とにかくアンノウン正体不明なものに対してチャレンジしていこうという姿勢であって、興味のあるものに対してそこでチャレンジしていく。それが学者的なチャレンジでも芸術的なチャレンジでもいいし、あるいは事業になっても私はあまり変わらないと思うんです。世界的な論文を書くのも、世駌なショーに出演するのも、私としては、あまり違和感がないんです。
エネルギーと、飽くなき探求心とをもって、それで少々のことには動じずに執念でやり通す。

 

父親と息子の緊張関係が存在しない。

しかしそれは自分の好きなことでないといけないということは絶対です。嫌いなものだったら、絶対にそれだけのエネルギーは出ないからです。
なりたかったものはずっとあるんですが、好きなことを夢中でやり通して、振り返ってみると、たかった職業ではないが、その仕事への情熱は同じだし、結果に大きな満足感を持っています。
なり
おもしろおかしく取り組もうおもしろおかしいことに熱中したり、遊びというと、日本人は悪徳みたいに考えます。
教育だけでなく学習チャンス我が社もおもしろおかしくを正式の社是にしたときに、みんなからからかわれたり馬鹿にされたり、また注目もされました。おもしろおかしいという社是のある企業で仕事をしたい、と言ってくるのですから人を集める力は滅茶苦茶ありました。
キャッチフレーズとしては良いわけですが、でも私が、非常に危険を感じるのは、「この会社に入ったら、きっとおもしろおかしく仕事をさせてくれるようなプログラムがあるのだろう」と、受動的に考える人がいることです。それが恐ろしいんです。おもしろおかしいというのは、自らが持ってくるもんで、何もこの会社に入ったら、自動的におもしろおかしい道が拓けてるわけじゃない。
ただし、できる限り社員の希望とかやりたい仕事--これは年に一、二回リポートを出させて、できるだけ自分のやりたい仕事--のところへ行かせてやるというようなこととか、いろんな提言とかには一般の会社よりも遙かに積極的に取り入れている。

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子どもを連れ歩いてしまうでしょう。

しかし、会社へ入った途端に、そう簡単に毎日毎日おもしろおかしくてたまらんというようなわけにはいかない。
しかし、日本人の一つの固定概念で、おもしろいとかおかしいとか言うと、いや、仕事というのはもっと神聖なもので、歯を食いしばってしかめっ面をしてやるものが仕事である。ニヤニヤしながら、それおもしろいなあとか、滅茶苦茶おかしいなあなどというのは、11だ、チャラチャラしてるというふうに取られ勝ちですだから厚生労働省は何をやるかというと、歯を食いしばってやるような大変な仕事の時間はば短いほどよろしい、それが労働者のためになってるんだという考ぇで時短をすすめるのです。
短けれけれども現実はそうではなくて、労働してる人が、いかに楽しく愉快に職場で働いているかどうかという方が、私は遙かに大事だと思うんです。いくら労働時間がたった111時間であろうが、それがもう嫌で嫌で、上司に気を遣うわ、いじめられるわということであれば、好きな仕事でt時間以上働いてるより、よっぽどつらいわけです。
子どもに語ってやろう。
中学生の方が多く見る。

子供たちが眼をかがやかして見守る中

けれど、やはり労働というもの、仕事というものは、しんどいものであるということから始まっています。おもしろおかしく仕事をするなんていうことは、まずありえない。おもしろおかしかったら、それは仕事とは違うんだとまで思われているわけです。しかし、私の仕事に対する考え方は根本的に違う。
その考え方は、なぜ生まれたかというと、自分自身の体験からなんです。私は嫌なことをするのが嫌いなんです。好きなことをするのが大好きなんです。だから、まわりの人も仕事をおもしろくやって欲しい。おもしろくやらなかったら、誰も進歩しない、嫌々やってはダメだと思った。それから二十五年
たって、ようやく日本でも仕事をおもしろく
しないといけないという空気になってきたと思うんです。
家庭における子どもの勉強の仕方とか親の見方とそっくりです。机について難しい顔してじーっとしてるとああ、勉強してるなと思われるけど、何かゲームをやったり、寝ころんで何かに集中してても、お前はゲームを三時間やって、勉強は三十分しかしてない
と叱られる。