教育だけでなく

母さんはそれもまたひとつの偏

私の仕事なんかもそうですけど、確かに、会社に八時間、九時間、十時間いても、本当に集中して仕事したなと思うのは、せいぜい一、二時間ぐらいです。じゃあ、一時間、二時間だけ会社に来てあとはどこか遊びに行けと言われても、それではダメなのです。やはり集中するための、何か雰囲気とか盛り上がりとかがいるわけです。
レストランでステーキを食べるときでも、やはりオードブルからずっとあって、メインディッシュにステーキがドーンときて、それからまたすっとデザートに行くというふうに、コースとしての流れがある。そこに一つの、何というか、バイオリズムみたいなものがありまして、それをいかに楽しく盛り上げていくかということなんです。
子どもに認識させねばならない太宰治

子供の言語や知能の発達のためには決してならない

いったんつまずくと、その日、一日中ダメなときってよくある。今日はこれをやってやろうと思って出社してるのに、何かまったくそれを阻害されるような雰囲気になってきたら、その盛り上がりのないまま、しょぼくれてしまいます。人間って、みんな同じようなものだと思います。
ベルトコンベアでの仕事についている人についても、そこに何かおもしろみを見い出せることがたくさんあると思う。それは、一つは改善という方法で出てきます。言われた通りやっていればいいのだけど、同じことをするんだったら1個ずつではなくて、三個まとめてやるともっと効率が上がり、楽にできて不良率も少ないとか。

 

学校へ通うような年齢になれば

5何の考えもなしにロボットと同じようにやっているか、一つひとつ考えながらやっているかによって、自分の職場というのは生きてくると思うんです。ですから仕事をしんどい、しんどいと思ってしまったら、私はうまく行かない気がします。

リストラの対象になるような人間を育ててはいけない

堀場製作所は小さな会社ですから、リストラという名の人員整理はやっていませんが、経営者の立場からいうと、そうした状況に迫られた場合、どういう社員がその対象となるか、お教えしましょう。
意見も提案もないかわりに、与えられた仕事は黙々ときちんとこなすという人は、無欠勤で、勤務態度は真面目で一生懸命という人が多いものです。
えてして無遅刻したがって、そんな人がリストラの対象になったとき、なぜ、こんなに会社に忠誠を尽くしてきたオレが……というショックを覚えるのはわかります。
子どもが何か物を壊したときに注意をします子育てもなかな厳しいいい方をすればしかし、非情のようですが、やはりそうなる理由はあるのです。つまり、自分の意見を言ってこない人、人の言葉に反応のない人はいないも同然なのです会議でもごもっとも、まったく会長のおっしゃるとおりですなどと言う人は、ちのいいものですが、やはり出席している意味はないということになります。
言われた側は気持それより、会長は、そうはおっしゃいますけどね。お言葉ではありますが……と言ってくる人ほど会社にとってはありがたく、必要なのです。もちろん、やみくもに楯ついてくるのも困りますし、ものの言い方一つで、かわいげのあるのや、そうでないのもあります。

    1. 子どもにもできるのです。
    1. 中学生の息子
    1. 子供が最初に出会う

先生に飛びついたのです。

私も人間ですから好き嫌いはありますが、会社にとって必要な人材とはそういう人だと思いますたてあえて自分の得意な面をアピールして、私は会社にこれだけの貢献ができる、その場合、これぐらいの地位に就けるはずだから、これだけの給料をもらってもいいはずだ、というぐらいの気構えを持てというのです。まさに出る杭になれです。
出る杭になるには、子どもの頃から好きなことをとことんやるような学び方をしていることが大切です。いろいろと食べたいのだけれども、あてがわれた料理を食べさせてもらって、それで腹が膨れたらまあこれでいいや。これからの時代は、そういう妥協をしていたら、あてがわれたメニューだけで一生を終わることになります出る杭は打たれます。それは当たり前の話です。打たれたら本人も痛いでしょうが、それでいいのだと思います。そのうち打ったほうが、手が痛いからもうやめだ、となればいいのですから。
それよりも、出ないでじっとしている杭は、しなければなりません。
これからは引っこ抜かれることになります。
子どもは自分の存在を否定されたように感じて
子どもの辛さをわかってやること。

子どもに注ぐ目がたくさんにあればあるほど

それは覚悟その際によく感じることですが、出る杭と言っても、本当に自分が出ているのかどうか、自問する必要があると思うのです。というのは、自分のまわりが出ていないために、自分が出ているように見えるだけかもしれないからです
そこのところは相対的に見定める必要があります。
自分はがんばって出ているぞと思っても、世の中全体から見たら、そんなにも出ていない。
でも会社の中では出ているつもりという例は結構ある。
の中では普通であったりすることがあるのです。
たとえその会社の中ではものすごく出ていても、世それを考えると、会社でも出ていないというのでは、こんでいるぐらいでしょう。