母さんこそ真の意味

育児不安の人にこの章を捧げると書きました。

それは小さいときにメニューを与えられていないからだと思います。例えばファミリーレストランでの食事にしても、決まった料理しか知らないわけです。ハンバーグ食べてもコロッケ食べてもグラタン食べても、まあだいたい同じ味付けです。それで、この中でどれが好き?と言われても、うーん、どれでもええわということになるけれども田舎のおばあちゃんのつくってくれるおーはおいしいし、おじいちゃんが川で捕ってきたばかりの魚を串に刺して塩焼きにしてくれるのもおいしい。
母さんは大喜び。

これはもう、ファミリーレストランの味とは全然違う家の味なんですよ。家庭の個性というのも失われているのです。
小さいときにあなたの人生というものは、こんなにいろいろな生き方があるのよということを親や先生がいろいろな例を示して教えてくれたら、あるいは、いろんな所に見学に連れて行ってくれたり、実際に実験をしてみたり、そんなことをバラエティーを持たせていろいろやってくれたら、子どもは必ずといっていいほど、そういう場に行くと憑かれたように夢中になるんです。そこで自分のしたい事がこれだっ!ということを見つけることがあるのです。
なのに、親は子どもと行くと疲れると言うし、で、連れ歩かないというのが実情なのです。
先生は学校の外に連れ出すと危険がいっぱいというの

私は理科少年。

学びは感動的な先生に出会えるかどうか私はたまたま師範学校、いまの教育大学ですけど、そこの付属小学校に入りました。

  • 育てるという
  • 母さんに連れられて来たのでしょう。
  • 母親とさんざんにけんかをして

子どもも大好きなようでした。

そこは四年生か五年生になると、師範学校を卒業する前の学生が、いわゆるインターンとして配属されるのです。いわゆる教育実習ですそうすると、ひとクラス三五人ぐらいの生徒のところに、ほんとうの先生以外に、五、六人のインターンの先生が付くわけです。それぞれ体育主体の先生とか、国語の先生とか歴史とか理科の先生とか、そういう教師になりたいという、いろんな科の先生がいました。放課後、その先生たちが、工作の好きな先生は、今日はなぁ、椅子つくるの教えたるとか、音楽の好きな先生は、ピアノを教えてくれたりとか、いろいろやってくれる。
私はいろんな先生のとこへ行ったけど、理科の先生は今日は実験したるわと言って、何といまから六十五年前に、無線操縦の電気機関車をつくってくれた。
子育ての時間がありすぎる
勉強に励み
いまはラジコンなんて誰でもできるけど六十五年前に無線操縦なんていうのは、それはもう奇想天外なんです。それを見たときに無線で信号送ったら、誰も手で触らへんのに動きよるって、こんなものが世の中にあるのを初めて知った。それからもう私は理科少年になった。
子ども向けの科学雑誌を買って自分でラジオをつくったり、そのとき以来科学に憑かれたようになった。そんなチャンスがなかったら、いまの私があったかどうか。そんな子どものころの感動というものは、いまでも忘れないものだ。
次に中学校へ行ったときは、これまた数学のすごい先生がいた。私は数学はあまり好きじゃなかったけど、その先生はいわゆるインド哲学にも詳しい数学者。だから例えば、
ゼロって何か分かるか?
無です無って何や?えーと、無って空気ですアホ言え。先生が叱るんだ。

母はさっそくその人に手紙を書いて

空気には酸素と窒素があるやろとか言って、そういう話をいろいろ聞いているうちに、いままで思っていた数学なんかと全然違う。それでそんな数学の本を読み出したら数学がおもしろくなった。
もうおもしろいから数学の本をいっぱい買って、夢中で読みました。だけど、そのときは勉強してる気は毛頭ないんです。すると、もう数学なんて勉強してる気にならない。好きになったら正直言って、試験があっても、何にも勉強しないで100点取れるわけですそれで高等学校へ行ったら、物理の先生が核物理の専門家。この先生には世の中のものは全て原子でできてるって、物質を構成している分子、原子、そして原子核についての話を聞くにおよんで核物理のとりこになり、結局大学は原子核物理以外に道はないと思うに到りました。
子どもに認識させねばならない太宰治先生が叱るんだ。

先生が叱るんだ。

そういう生徒に感動を与えてくれる先生こそ、まさにティーチングプロなんです。私はもうほんとうに先生に恵まれたから、自分の行く道に何のためらいもなく、それしかないぐらいに思ったけれどもいま、そんなことをしてくれる先生は、ほとんどいません。たまに学校で理科の実験をすると大変なことになる。この間もある理科の先生が私の所に泣きついて来た。その先生は子どもを前にして、水を電気分解して酸素と水素をガスに分けて電気点火したら水に戻る実験をやった。H10ってこういうことだって。子どもたちは喜んで家に帰って親に言うと、あくる日親が学校に怒鳴り込んできた。
爆発してうちの子が怪我でもしたらどうするんですかそんなことしても入試には関係ないでしょ
などと、校長先生が怒られた。