母さんは大喜び。

勉強をスタートしてほしいのです。

自分がみっともないと思わなければ人には言わないということになって、そういうものを復活させるのには時間が掛かります。
時間は掛かるけれど、私はやはりあなたは人に不快感を与えていませんか?という注意のしかたが、一番客観性を持ってると思います。とにかく親がけしからんと言ったというだけでは、子どもに対して説得力がないんです。親が私は嫌いだからと言ってもなかなか説得力はない。
しかし、「あなたがそうすることが周りの多くの人々に嫌な思いをさせているのと違うか。あなたの行動は、自分を社会人として二流、三流の人間にしている。それではダメだよ。あなたが一流、しかも尊敬されるような人間になりたいと思うのであれば、それはやはり絶対ダメよ」という、社会人としてどうあるべきかという説得力が一番大きいと思います。
母さんこそ真の意味

教育的不可避性もあるでしょう。

あなたがそうすることで、他人がどういう感じを持つかという感覚を大切にすることが、大事なのです。

いまの四十代に期待する

もう一つの理由子育てを行っている親の世代は、三十代から四十代が中心だと思います。私は世代論的意味合いからも、いまの親の世代に、ひじょうに希望を持っています。というのは、いまの親の世代というのは、いわゆる団塊の世代よりやや下の世代の戦後生まれです。

 

経験を話してやってもいい。

私たち大正生まれの世代は、終戦早々から、がむしゃらに働いてきて、一定の成果は上げたと思います。それから十年、二十年あとの世代がちょっとブランクです。というのは、そのころの人というのは本の経済復興にもだいたい格好がついてきてから社会に出ているために、あまり危険なことをしなくても、就職口もあったし、三度の飯も食えた。要するにベンチャー的な気持ちが損なわれている世代ではないかと思うわけです。現在の年齢で言えば、六+プラスマイナス数年ですから、昭和ひとけたから十五年か二十年までに生まれた世代に該当します。しかも彼らは同時に敗戦に直面している。気の毒ですが、これがマイナスになっているんです。
つまり、外国、とくに欧米に対する潜在的なコンプレックスから抜け出せないのです。その点、昭和二十年以降に生まれた世代は、戦争で負けたという生の体験をしていない。
母親であることに誇りを持っています。子供の非行は遊び型だと言われています。戦後すぐに生まれて食べ物がなくて苦労はしたかもしれないが、少なくとも自分のなかに、戦争で負けたという潜在意識があまり入っていない。
ところが、私たちの世代は、どうしてもまだ外国人、とくに欧米人なんかに対するコンプレックスから抜け出せない。私はどちらかと言うと、外国人とも喧嘩をするほうですが、それでもこのコンプレックスが私たちの世代にはある。しかし、いま子育てをしている親の世代には全然ない。だから何なんだ。
アメリカはアメリカ、私は私だ
と言えるのです。
国際化の基本は、相手を同格に見るということです。その意味で、完全な国際化ができるのはいまの四十代なのです。日本がほんとうの意味で二十一世紀にやっていけるには、グローバル化ということを避けて通れません。そのときにコンプレックスを持っていたのでは困るのです。
日本の外交がよい例です。いまの日本の政治家や役人なんてコンプレックスのかたまりです。何か言われたら謝ったりしているのは、みんなその世代でしょう。

    1. 教育審議会
    1. しつけの原則です。
    1. 先生はおやじなんかの比

勉強をちっともやろうとしなかったり極端

外務省にしても、いまの親の世代の人たちは、何でよその国にあんなにがたがた言われるんだとか、そんなちょっとした外国からのクレームでどうして大臣が辞めなければいけないんだとか、思っているわけです。
そういう意味において、てもいいと思います。
これまでの時代の親の世代とは異なる、現在の日本の親の世代には、期待しいろいろな経験も積み、相当な知識、データが入り込んでいて、欧米人にも決して負けない。それならば、いい線を行くのではないかと思うのです。しかも、この世代は競争を知っている。なにしろ、生きることは競争だったわけです。そして、オリジナリティを持つことを誇りにしている人が多いように思います。みんなと同じは嫌だ、他人と違うことをして勝つんだと言います。
このような世代の親が教育に注目し、子育てをおもしろがれば、ツ界だけではなく、各界で続々と出てくるはずです。
子どもの前で別々のことを言うのは問題です。
中学受験のメリット

子どもに伝えていきたい。

第二のイチローや佐々木が、スポ

おもしろおかしく

やって何が悪い
減点方式をやめて加点方式に変えろ私が仕事を始めて早々の頃、アメリカにある一流の大企業に、わが社の製品を売り込みに行ったのですが、会社の規模には関係なく、よい製品であれば驚くぐらい正当に評価してくれるのです。日本とはそこが決定的に違うのです日本は保守的というのでしょうか、堀場製作所のような中小企業の製品を、とくに相手の企業の中枢に関わるところにはなかなか採用しようとしない。しかし外国の会社は、その製品が本当に良いものであれば、開発した会社がどんなに小さな会社であろうが、製品とその技術に対して正当な評価をしてくれます。だから、新しく開発したものは、まずアメリカの会社が使ってくれるのです。